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日本の歴史において重要な分岐点となった大政奉還。

2018年の大河ドラマ「せごどん」でも終盤のクライマックスとして描かれそうな内容ですね(大政奉還を幕府側にせまったのは西郷隆盛や大久保利通の属する薩摩藩や長州藩を中心とする勢力です)

激動の幕末の世の中の動きについて大政奉還を軸に、わかりやすく解説したいと思います!


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大政奉還とは?意味や目的をわかりやすく解説!

歴史上有名な大政奉還ですが、詳しく知っていただくと奥が深く、非常に興味深い内容ですよ。

大河ドラマ「西郷どん」でも中心的に出てくるところの話です。

大政奉還とは政権を天皇にお返しするという意味

大政奉還とはその字の通り、政治の権力(=大政)を、天皇にお返しする(=奉還)ということです。

1867年、江戸幕府最後となる15代将軍徳川慶喜が30歳のときに、政権を朝廷側に返した出来事のことです。

ちなみに朝廷とは、天皇をトップとする権力組織のことです。

年号のゴロ合わせでは、「徳川の、人はむな(1867)しい大政奉還」とすると覚えやすいです。

大政奉還を考えたのは坂本竜馬

実際、徳川慶喜に大政奉還の建白書を提出したのは、土佐藩主、山内豊信(容堂)でした。

しかし、大政奉還というアイデアは、かの有名な坂本竜馬によるものでした。

外国との関係において立場が弱くなっている日本を外国から守るためには、江戸幕府を倒し、新しい国づくりが必要だと考えたからです。

ですが、倒幕派から徳川家を守り、政権の移行を穏便にさせようという意図がそこにはあったのです。

徳川慶喜が大政奉還に踏み切った理由やねらい

慶喜は幕府への批判が高まる中、朝廷の許可のもと幕府を倒そうとする薩摩・長州から攻められる前に、政権を放棄してしまえば攻められる理由がなくなると考えました。

また、源氏の時代から約700年続いてきた武家政治を急に朝廷側に政権を移したところで、ノウハウのない朝廷は困ってしまい、結局幕府に頼ってくるであろうと慶喜は推測していました。

そうすればまた、実質的に政権を手にすることができるというのが慶喜のねらいだったのです。

倒幕派による「王政復古の大号令」

大政奉還後の慶喜は、再び政権を握る機会をうかがっていましたが、その存在を目障りだとする倒幕派により、1868年、新政府の人事と慶喜の処分を求める「王政復古の大号令」が明治明治天皇に提出されました。

いわば倒幕派によるクーデターで、代表が岩倉具視です。

今回の大河ドラマ「西郷どん」では笑福亭鶴瓶が演じています。

大政奉還のねらいがはずれ、戌辰戦争勃発

慶喜は、大政奉還後も政治に参入するつもりでしたが、王政復古の大号令により、将軍を退任させられ領地も取り上げられてしまいました。

同様に、権力を取り上げられた旧幕府軍が新政府軍に反発し、京都で武力衝突します。

これが鳥羽・伏見の戦いで、戊辰戦争の始まりです。

最終的に戊辰戦争で旧幕府軍が敗れ、正式に明治政府が樹立することとなりました。

※戊辰戦争をわかりやすく解説した記事はこちら

まとめ

大政奉還は、慶喜のねらいこそはずれましたが、源氏のころより700年も続いた武家政治の幕引きとなる大きな転機となりました。

大政奉還から明治政府の樹立までのストリーには多くの人物が登場し、とてもおもしろい話がたくさん残っています。まさに激動の幕末ですね。


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