バロック音楽の名作ともいわれる、「アルビノーニのアダージョ」。
しかし、実はアルビノーニの作曲ではなかったとも言われています。
アルビノーニの名前が入っているのに、なぜなのでしょうか。
その理由を見ていきましょう。
[ad#co-1]
「アルビノーニのアダージョ」作品解説
たくさんのテレビ番組や映画に使われてきた名曲、「アルビノーニのアダージョ」。
この作品が生まれ、名曲となった経緯を解説します。
バロック音楽の名曲として大流行!
アルビノーニのアダージョの発表時、世の中はバロック音楽が大ブームとなっていました。
当時、バロック音楽の名手でありながら、忘れらていた巨匠アルビノーニ。
そんなアルビノーニの隠れた名作が発表されたとあり、大きな話題になりました。
さまざまな演奏家たちが次々とこの曲を録音し、音源をつくりました。
[ad#co-1]
アルビノーニの死後に発見!
実はこの曲、当時に作曲家とされていたアルビノーニの死後に発表されました。
アルビノーニを研究していた、音楽学者レーモ・ジャゾットが発見したのです。
ジャゾットがこの曲を発見したのは、ドイツのドレスデンの図書館。
第二次世界大戦の被害にあったこの図書館で、アルビノーニの自筆譜の断片を
見つけました。
そして、それをもとに「アルビノーニのアダージョ」を作り上げたということです。
発表後、大人気に!
発表時に有名な音楽家が次々と演奏したこの曲。
かの有名な、カラヤンも1969年に録音しました。
映画やテレビでもよく使われました。
特に文豪カフカの傑作「審判」の映画化でも使われ、人々に大きな印象を与えました。
[ad#co-1]
「アルビノーニのアダージョ」の本当の作曲者は?
実はこの名曲、アルビノーニがつくった曲ではないのでは、という説があります。
こんなにも有名な曲なのに、どうしてそんな疑惑が持たれたのでしょう。
詳しくみていきます。
アルビノーニが作曲した証拠は?
証拠は実はありません。
なんと、発見者のジャゾットは、発見した譜面をどこにも公開していません。
証拠を出そうともしないので、専門家からは非難されました。
専門家は、ジャゾットが譜面を見つけた図書館もくまなく調べました。
しかし、そこにもジャゾットの発見を証明する記録はなかったのです。
[ad#co-1]
ジャゾットの秘書の証言
ジャゾットへの疑いの目が晴れないまま、月日はすぎます。
そして、2007年のこと。
ジャゾットの秘書の女性が、資料を公開しました。
それは、ジャゾットがアルビノーニの自筆譜の断片を書き留めたメモでした。
自筆譜そのものではありませんでした。
[ad#co-1]
ジャゾットの晩年の言葉
ジャゾットは死を迎える何年か前に、こんなふうに言っています。
「わたしは、世の中から忘れられつつあるアルビノーニを助けたかった。アルビノーニの作った音楽を聞けば、世の中の関心も高まるだろう。
そう思って、この曲を作った。
それは、自分自身の純粋な楽しみでもあった。」
作曲家が誰なのかは、この発言からは正確には読み取れません。
しかし、ジャゾットのアルビノーニへの想いがよくわかる言葉ですね。
[ad#co-1]
まとめ
「アルビノーニのアダージョ」は、アルビノーニの作曲ではない可能性があることがわかりました。
しかし、多くの人の記憶に残る名曲であることに変わりはありません。
ジャゾットの想いを受け止めて、アルビノーニの残した、さまざまな音楽を聞いてみたいですね。
[ad#co-1]