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レオニダス王は、たった300人のスパルタ兵を率いて20万人のペルシア軍と戦ったギリシャの英雄です。

彼について伝わっていることが少ないので、「よく知りたいけど、解説が見つからない」という方が多いのでは。

この記事は、歴史上の人物としてのレオニダス王をくわしく知りたい方向けに、彼の生涯や彼が治めた国「スパルタ」について紹介します。

ぜひ参考にしてみてくださいね。

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古代ギリシャ最強「スパルタ」の軍団をひきいたレオニダス王とは?

レオニダス王

レオニダス王 (レオニダス1世)は、紀元前500年頃の人物で、ギリシャ地方にあるスパルタという都市国家の王です。

ペルシア戦争の戦いのひとつ、テルモピュライの戦いでその勇姿を敵軍に見せつけます。

たった300人の兵で20万人いるペルシア軍に対抗し、死後はギリシャ中で英雄とたたえられました。

レオニダス王の生涯

レオニダス王は、スパルタ王・アナクサンドリデスの3男として生まれました。

2人の兄が若くして亡くなったため、彼に王座が回ってきます。

ペルシア戦争前、レオニダス王は神のお告げをもらいますが、その内容は「王が死ぬか、国が滅びるか」でした。

死ぬことを覚悟したレオニダス王は、妻・ゴルゴーに「よき夫と結婚し、よき子どもを産め」と言い残します。

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300人で20万人と戦った「テルモピュライの戦い」

ペルシアの支配を受け、重税に苦しんでいたイオニア植民市を援助したアテネがきっかけでペルシア戦争がはじまりました。

ギリシャのポリスのひとつであるスパルタも軍を出すことになります。

ですが、この時、スパルタでは期間中は軍事行動がいっさいできなくなるカルネイア祭が開催されており、レオニダス王は自分の親衛隊300人しか出動させることができませんでした。

他のギリシャのポリスでも、オリンピア祭 (古代オリンピック) が開かれていたため、少数の兵しか出せず、スパルタ・諸ポリスの連合軍は7000人たらず。

一方、侵攻するペルシア軍は20万人の大軍でした。

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悪状況に追いこまれる

テルモピュライの地でペルシア軍を迎え撃った、レオニダス王率いるギリシャ連合軍は、狭い地形を利用して、ペルシア軍を食い止めます。

しかし、現地人の内通者がペルシア軍に地形の攻略方法を教え、ペルシア軍はギリシャ連合軍を襲撃します。

その翌日、ギリシャ連合軍は、スパルタ兵300人、諸ポリスの兵1100人を残し撤退しました。

レオニダス王とスパルタ兵の最期

降伏するように命じるペルシア王・クセルクセス1世に、レオニダス王は「来たりて取れ (殺せるならば殺してみろ)」と宣言します。

襲いかかるペルシア軍に、レオニダス王率いるスパルタ軍は奮闘します。

その戦いぶりはすさまじく、近づく敵は皆殺し、槍が折れれば剣、剣が折れれば素手や歯で立ち向かいました。

ペルシア兵は、スパルタ兵と近接戦闘することを拒み、遠くから矢を放ちます。

矢の雨にあたり、スパルタ軍は全滅しました。

この日だけで、ペルシア軍は約2万人もの兵士を失ったといいます。

レオニダス王はその後、死体から首をはねられ、さらされました。

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レオニダス王が与えた影響

レオニダス王

テルモピュライの戦いでレオニダス王とスパルタ兵は英雄とたたえられ、テルモピュライの地にはレオニダス王と兵士たちの銅像が作られました。

また、その後ペルシア軍はアテネに侵攻します。

しかし、サラミスの海戦で負けてしまいます。

その理由のひとつに、テルモピュライの戦いで足止めをくらい、多くの兵を失ったということがありました。

レオニダス王がいなければ、アテネは負けていたかもしれませんね。

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スパルタ教育の語源になった、レオニダス王の国「スパルタ」とは?

レオニダス王

スパルタ教育の語源になったスパルタは、厳しい軍国主義をとっていました。

どれだけ厳しかったのか?また、軍国主義のためにちょっぴり変わったスパルタ社会を紹介します。

一風変わったスパルタの政治社会

スパルタは、スパルタ人至上主義で、スパルタ人でない人間は「ヘイロータイ」「ぺリオイコイ」と呼ばれました。

スパルタ人は労働から解放され、ヘイロータイは農業、ぺリオイコイは商業を営み、スパルタ人を支えました。

スパルタには2人の王が存在し、それぞれアギス家とエウリュポン家から出ていました。

レオニダス王は、アギス家出身です。

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ここまでやる?スパルタの厳しい軍国主義

スパルタは、少人数のスパルタ人が多くのヘイロータイ・ぺリオイコイを支配していました。

そのため、反乱が起きてもスパルタ人だけで対処できるよう、軍国主義をとります。

スパルタの厳しすぎる軍国主義で代表的なものを紹介します。

こんなに厳しい教育をくぐりぬけたのですから、300人で数万人の敵に勝つのもうなずけます。

軍国主義スパルタの風習

  • 生まれた直後に健康かどうか調べられ、未熟だと判断された場合は崖から落とされる
  • 男性は7才になると親元を離れ、共同生活を送らなければいけない
  • 12才になると、1年で1枚の下着しか与えられず、全裸で生活することに慣れさせられる。風呂に入るのも禁止、この生活は30才まで続く
  • 13才で成人すると、短剣1つを渡されて追い出される。食べ物は自力で調達し、1年間は戻ってはいけない

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スパルタのおもしろエピソード

レオニダス王

次に、レオニダス王が治めたスパルタの人々の、ちょっとかわった面白エピソードについて紹介します。

時間の無駄!散歩禁止令

スパルタ人は、健康を維持するための散歩が禁止されていました。

ペロポネソス戦争時、戦いに勝ったスパルタ兵が散歩していたところ、スパルタの司令官が「散歩をしてはいけない」と手紙を送ったという記録が残っています。

スパルタ人なら、散歩ではなく、鍛錬によって健康を維持しろということですね。

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スパルタ人と同性愛

スパルタでは、同性愛が推奨されていました。

「愛する者がいる者は勇敢だが、愛を知らない者は勇敢にならない」と考えられていたからです。

スパルタの男性は、基本的には宿舎で共同生活し、女性と関わる機会が少ないので、自然と同性愛が発展したんですね。

とにかく戦士でいろ!女だって負けちゃいない

スパルタの女性は、強く健康的な子どもを産むことを期待されたので、幼い頃から厳しい訓練を受けてきました。

忍耐強さを競うムチ打ち大会に参加した女性もいたほどです。

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レオニダス王が出てくるエンタメ作品は?

レオニダス王

レオニダス王は、いくつかの映画やゲームにキャラクターとして登場します。

それぞれの作品で、どのように描かれているのか注目してみてくださいね。

映画『300 〈スリーハンドレッド〉』:テルモピュライの戦いをリアルに描く

2006年に公開された、テルモピュライの戦いを描いた映画です。

レオニダス王をジェラルド・バトラーがたくましく演じています。

戦闘描写がリアルで、息をのむほど。

レオニダス王とペルシア王・クセルクセス1世の王としてのあり方の問答シーンは、見ものです。

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スマホゲーム『Fate/Grand Order』:脳筋?知的?ギリシャを救った「守護の英雄」

ランサー (槍兵) のサーヴァントとして登場しています。

普段は筋トレを推奨する脳筋ですが、ふとした瞬間に理知的なところを見せます。

宝具「炎門の守護者 (テルモピュライ・エノモタイア)」では、300人のスパルタ兵が召喚されます。

攻めるのではなく、守る宝具として有効です。

レオニダス王の王としてのあり方が分かりますね。

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まとめ

今回は、歴史上の人物としてのレオニダス王について紹介しました。

たった300人のスパルタ兵を率いて20万人と戦ったテルモピュライの戦いは、後世の私たちから見てもかっこいいですよね。

レオニダス王に興味がある方は、ぜひ彼についてもっと調べてみてくださいね。

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