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この記事では、問屋制家内工業という商品生産の仕組みについて、簡単にわかりやすく説明します。

その後に現れた工場制手工業との違いやメリットとデメリット、さらに開始時期はいつなのかといったことも紹介していますので、ぜひ参考にしてみてくださいね。


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問屋制家内工業の意味とは?簡単にわかりやすく解説!

問屋制家内工業

問屋制家内工業とは、農民が自宅で工業製品を作るかたちのことをいいます。

製品を作るためのお金や材料、道具などは「問屋」と呼ばれる商人から借りてきます。

ものすごく簡単にいうと、農民が商人からお金や材料を借りて、家でものづくりをするということですね。

でき上がった商品は、問屋が買い取って、一般消費者に売ります。

例えば、商人は農民から100円で製品を買って、一般消費者に150円で売れば50円の利益が出るといったぐあいです。

なお、「手工業」とは、機械を使用せずに人間の手で物を作る工業をいいます。

例えば、備前焼や九谷焼、西陣織が現代でも伝統的な産業として手工業の形が残っていますね。


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問屋制家内工業と工場制手工業の違いは?

「問屋制家内工業」と「工場制手工業」は、混乱してしまう人も多いかもしれません。

工場制手工業は、商人が工場を作って労働者を集め、流れ作業で生産を行う工業のかたちをいいます。

たとえば、商人がお金をかけて工場を作り、Aさんが糸をつむぐ作業、Bさんが糸を染める作業、Cさんが糸を布に織る作業…というように手分けして作業が行われた仕組みのことですね。

生産者がそれぞれ自宅で生産を行う問屋制家内工業とは大きく異なりますね。

少し難しい言葉でいうと、問屋制家内工業と工場制手工業で違うのは、実際に生産のための仕事をする人が、独立している労働者であるかという点です。

問屋制家内工業では農民が自営業として独立して生産を行いますが、工場制手工業では商人に雇われる労働者として仕事をすることになります。

工場制手工業の開始時期については諸説ありますが、日本では、天保年間(1830年~1843年)には、大阪周辺や尾張、桐生などですでに始まっていたと考えられています。

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問屋制家内工業のメリット

時代の流れとしては「問屋制家内工業→工場制手工業」と発展していきましたが、最初に発生したのは問屋制家内工業です。

問屋制家内工業が新しく生まれる前の状態と比べると、問屋制家内工業には、次にようなメリットがあります。

①作業を分担したのでたくさん作れる!

問屋制家内工業は、それ以前の手工業と技術的に大きな違いはなかったものの、工程ごとに一部分業を行うことができるようになったので生産性が向上しました。

簡単にいうと、手分けして仕事をすることでたくさん商品を作れるようになったということですね。

例えば繊維業では、ある人は機織り、ある人は染色、などのように分業を行うことにより作業効率が上がりました。

また、材料の仕入れや一般消費者への販売は問屋に任せることができ、農家は生産だけに集中できたために生産性が高まったということも言えますね。

材料を一度にたくさん買うと安く仕入れられる!

それまでと比べて、製品を作るための材料を安く仕入れられるようになったのも、問屋制手工業のメリットです。

例えば、一つの家では1つの種類の工芸品を作る、と決めておけば、そのための材料は同じものをまとめて購入することができますよね。

材料の購入費用が安くなれば、それだけたくさん利益を得られるようになりますから、農家にも商人にとってもメリットが大きい仕組みだったわけです。

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問屋制家内工業のデメリット(弱み)

一方で、問屋制家内工業には、次のようなデメリットもありました。

デメリットを克服するために工場制手工業に発展していったというわけですね。

資金や材料を着服するケースが多かった

問屋制家内工業では、問屋が生産者(手工業者)に資金や原材料の前貸しを行ういます。

中にはそれを着服してしまう生産者も少なくなかったのです。

例えば、布を織るために糸を借りた農民が、その糸を自分のものとして使ってしまうというようなことがありました。

自分のために使ってしまったら、当然ながら商品を作ることができませんし、最悪の場合は生産者が夜逃げしてしまうこともあったでしょう。

問屋制家内工業では、商人は事前に渡したお金や材料を持ち逃げされる可能性があるというデメリットがあったのです。

もっと作って売りたい!でもなかなか商品が届かない…

生産したものを回収するのに手間がかかったり、納期に間に合わなかったりといった不都合が生じたことも問屋制家内工業のデメリットです。

問屋制家内工業では、一軒一軒、商人(問屋)が農家を回って商品を回収しなくてはなりませんでしたから、商品を販売するまでに時間がかかりました。

また、生産活動は誰かに監督されているわけではないので、納期に遅れるということもひんぱんに起こっていたのです。

このようなデメリットを感じた商人たちは、一か所に作り手を集めて、さらに効率よく生産活動を行える工場制手工業を発展させていくことになります。

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問屋制家内工業はいつから始まった?

問屋制家内工業は、日本と世界(当時の先進地域ヨーロッパ)では始まる時期が違いました。

開始時期について、ヨーロッパと日本に分けて説明します。

ヨーロッパでは問屋制家内工業はいつから始まった?

ヨーロッパで問屋制家内工業が発達したのは、絶対王政期の時期(おおよそ16世紀から17世紀)にかけてです。

問屋制家内工業は、特にイギリスで発展しました。

その後には問屋制家内工業から工場制手工業への移行が見られ、やがて産業革命の時期を迎えると、機械や動力が利用されるようになりました。


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日本での問屋制家内工業はいつから始まった?

日本で問屋制家内工業が始まったのは、江戸時代中期(17世紀~18世紀)のことです。

ヨーロッパよりも100年ぐらい遅れていることになりますね。

江戸時代前期までは、自給自足の家内工業(問屋制家内工業の前段階)が広く行われていました。

江戸時代中期から後期にかけて問屋制家内工業が発達したことにより、個人の生産者は委託加工に専念するようになり、問屋が市場を支配するようになります。

これにより、都市経済が発達したものの、一方で貧民が増え、階層分化(お金持ちと貧乏人の差)がより一層進みました。

時代劇などで貧乏な武士や農民が傘を作っているシーンはよく描かれますが、あれも問屋制家内工業の一種です。

まとめ

今回は、問屋制家内工業について説明しました。

少し難しい言葉でまとめると、問屋制家内工業は「商人などの資本家が、農民などに資金や原材料などを前貸し、自宅で物を生産させ、でき上がった物を買い取って、一般消費者に販売するという工業の形」です。

一方、その後にあらわれた工場制手工業では、資本家が準備した工場などに労働者が一か所に集められて生産活動が行われました。

問屋制家内工業の仕組みは経済の歴史を考えるうえでとても大切なものですから、ぜひしっかりと整理しておいてくださいね。


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