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短歌の勉強をしていると、枕詞というものが出てきますね。

「たらちねの母」は、年を取った親を想う気持ちをうたうときに使われることが多い枕詞です。

ここでは、「たらちねの母」の言葉としての意味や、万葉集その他の歌集での修辞としての使用例について解説させていただきます。


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「たらちねの母」とは、年老いた母親という意味

たらちねの母の意味
(たらちねの母の意味とは?)

「たらちね」は「垂乳根」と書きます。

これは「母」にかかる枕詞で、母親の垂れた乳房を表しています。

すなわち、「たらちねの母」とは、「垂れた乳房の母親」つまり、年老いた母親という意味になるのが基本です。

ただし、次の項目で説明させていただくように、「たらちね」には、それ以外の意味や解釈の仕方が用いられることもありますから注意しておきましょう。

「たらちね」という言葉には父親の意味もある

「たらちね」には、垂れた乳房という意味だけではなく、より広く「親」を表す場合があります。

実際の使用例としては「今鏡」に以下のようなものがあります。

 

「たらちねはいかに哀れと思ふらむ三年になりぬ足たたずして」(今鏡)

 

この場合、「たらちね」は枕詞ではなく、「親」の意味で使われることに注意してください(その後に「母」は付きません)

ここでは「たらちね」は、父親、母親、両親という意味で使われていることになりますね。


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「垂乳根」と「足乳根」では、意味が違う?

「たらちね」を漢字で書くと「垂乳根」が一般的ですが、実は「足乳根」という書き方をすることもあります。

この漢字を使う場合、「垂乳根」の意味とはまったく異なりますので注意が必要です。

「足乳根」の場合、必ずしも年老いた女性とは限らない

「足乳根」には、「乳を垂らす女,また乳の足りた女,満ち足りた女の意」があります。

つまり「たらちね」を「足乳根」と書いた場合、乳房が満ち足りている様子を表すのです。

この場合、「たらちねの母」は年老いた母親ではなく、乳飲み子を抱えた若い母親の意味になります。

具体例としては斎藤茂吉の以下のような句がありますね。

 

「のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にゐて足乳根の母はしにたまふなり」(斎藤茂吉)

 

これは、「満ち足りた乳で自分を育ててくれた母親」という意味に転じたものになります。

ただし、若い母親の意味で「足乳根」が使われている歌は非常に少ないです。

足千根・多良知祢・足常…

このほかにも、たらちねの漢字使用例としては「足千根」「多良知祢」「足常」など、色々な表記があります。

それぞれの漢字を使った句や文章での表現例を見ておきましょう。

①「たらちね=足千根」での使用例

足千根の 母に障らば いたづらに 汝も我れも 事なるべしや

②「たらちね=多良知祢」での使用例

多良知祢の 母に申して 時も過ぎ 月も経ぬれば・・・(長歌のため一部抜粋)

③「たらちね=足常」での使用例

足常の 母が養ふ蚕の繭隠り 隠れる妹を 見むよしもがも

一般的にはいずれも古い用法で、これらに、それぞれ固有の意味があるのか、それともただ音に合わせて文字を使っただけなのか、くわしいことは解らないというのが実際のところです。

極めて特殊な使用ケースということを理解しておくと足りるでしょう。

たらちねの母を使った歌は万葉集に多く見られる

「たらちねの母」を使った歌が多く出てくるのは、万葉集です。

万葉集が編まれた時代には、まだ平仮名がなく、漢字だけで表した万葉仮名というもので書かれていました。

中国から伝わってきた漢字を、日本語の音に当てはめて使っていたのです。

そのため、平安時代にはすでに読むのが難しくなり、読み仮名をつける試みが始まりました。

今私たちが読んでいる万葉集の歌は、後世の人々が苦労して読み仮名をつけたものなのです。

「たらちね」という枕詞にさまざまな用法があるのには、このような事情があるわけですね。

原文には、まだ私たちには読み解けない意味が、隠されているのかもしれません。


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万葉集にみる「たらちねの母」使用例

以下では、万葉集の歌の中から「たらちねの母」が使われている句の原文を紹介します。

万葉集にみる具体例①

たらちねの 母が呼ぶ名を申さめど 道行く人を誰れと知りてか

読み方は、「たらちねの ははがよぶなをもうさめど みちゆくひとをたれとしりてか」です。

原文は、「足千根乃 母之召名乎 雖白 路行人乎 孰跡知而可」になります。

意味は、「母が私を呼ぶときの名前を教えて差し上げたいけれど、通りすがりのどこの誰かも知らない人に、軽々しくお教えすることはできませんよ。」という意味で、名前を教えてほしいという内容の歌に対する、返歌です。

万葉集にみる具体例②

たらちねの 母が飼ふ蚕の繭隠り いぶせくもあるか妹に逢はずして

読み方は、「たらちねの ははがかふこのまよごもり いぶせくもあるかいもにあわずして」です。

原文は、「垂乳根之 母我養蚕乃 眉隠 馬聲蜂音石花蜘荒鹿 異母二不相而」になります。

意味は、「母が飼っている蚕のまゆに籠っているような、もやもやとした気持ちです。あなたにめぐり逢えないので」という意味です。

どちらも、恋愛に関する歌ですね。


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近代和歌にみられる「たらちねの母」

万葉集の時代だけではなく、現代でも「たらちねの母」を使った歌は、多く見られます。

その中の一つを、ご紹介します。

「垂乳根の母」近代和歌に見る使用例

垂乳根の 母が釣りたる青蚊帳を すがしといねつ たるみたれども

読み方は「たらちねの ははがつりたるあおがやを すがしといねつ たるみたれども」です。

この歌は、長塚 節(ながつかたかし)の歌で、「年老いた母が吊ってくれた青蚊帳のおかげで、気持ちよく眠ることができた。すこしたるんでいるけれども。」という意味になります。

まとめ

「たらちねの母」は、年老いた母親という意味で、育ててくれた母親の暖かさと同時に、年老いたことへの労りを感じさせる言葉です。

「たらちね」という言葉だけを単独で使い、父親と母親、両方の意味で使うこともあります。

「たらちね」を表現する文字には、様々な漢字があり、どのような意味があるのか詳しくは解っていません。

万葉集の歌は万葉仮名で書かれており、私たちは後世の人が付けてくれた読み仮名のおかげで、読むことができるのです。


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