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2018年9月、司馬遼太郎作品の「峠」が「峠 最後のサムライ」として映画化されることが発表されました(主演は役所広司さん・監督は小泉堯史さんです)

主要キャストとして以下のような実力派といわれる俳優さんがたくさん起用されていますから、とても楽しみですね。

映画「峠 最後のサムライ」主要キャスト

  • 役所広司(主演)
  • 仲代達也
  • 松たか子
  • 佐々木蔵之介
  • 田中泯
  • 仲代達也
  • 香川京子

司馬遼太郎さんの作品は今までたくさんドラマ化や映画化がされてきていますが、「峠」は意外にもこれまで一度もドラマ化や映画化がされていない作品です(司馬遼太郎ファンにとっては鉄板作品なんですけどね)

この記事では映画の原作小説である「峠」について、あらすじや見どころについて紹介します。

主人公である河井継之助や、その師にあたる山田方谷の生涯についてもくわしく解説していますので、映画化をきっかけに歴史小説に興味を持ったという方もぜひ参考にしてみてくださいね。


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司馬遼太郎「峠」あらすじと作品紹介・見どころを解説!

司馬遼太郎 峠
(主人公の河合継之助が戦った長岡城跡)

司馬遼太郎「峠」の主人公は長岡藩の藩士・河井継之助です。

彼が所属する長岡藩は幕府の側に協力しますが、河合継之助自身は「幕府は滅びる。いや、武士の時代すら終わる」と冷酷なまでに見通している人物でした。

原作小説の前半では、この河合継之助の性格的部分について掘り下げて描かれます(このあたりは司馬遼太郎作品独特のリアルさが光っています)

河合継之助は、日本人としては珍しいほど徹底的な合理主義者で、上司に対してもズケズケとモノを言う人間でした。

例えば、若い時期に彼は江戸への留学を希望していますが、自分の江戸への遊学を中々許さなかった上役などは「アホウ扱い」です。

河合継之助は、雪国という不利な環境で財政に苦しむ長岡藩の改革を遂行し、小藩ながらすさまじい軍事国家へと長岡藩を変えていきます。


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主流派に対して徹底抗戦した「長岡藩=今の新潟県」の歴史

河合継之助が家老として率いた長岡藩はいまの新潟県ですが、「新潟の人」というとなんとなく「温厚で辛抱強い人たち」というイメージがありますね。

しかし、幕末の長岡藩は当時もはや勝ち組になりつつあった薩摩藩や長州藩に対して徹底的に武力で抗戦した歴史があったのです。

物語の中盤で、江戸幕府はついに倒れてしまい、攻め上がってくる官軍(薩摩藩、長州藩)に対し、長岡藩は選択を強いられます。

徹底抗戦で対抗するのか、降伏するのか――

ここで、河井継之助は、常人では発想しないことを思いつきます。


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河合継之助が目指した「長岡藩の独立国家化」

強力な武装国家として長岡藩を中立国として生き残らせようとします。

そのために河井継之助は長岡藩に必要な強力な武器を導入します。そして近代的な軍隊の編成を行うのです。

長岡藩は小藩ながら河井継之助に改革により、強力な「軍事国家」になります。

しかし、この結果、幕府勢力残党ともいえる東北諸藩は、長岡藩の力を頼ります。

しかし、河井継之助には、この戦争は勝てるわけはないと分かっていたのです。

時代の流れが見えすぎる天才は、戦は無駄であると判断して、官軍と停戦交渉をします。

しかし、それは決裂――

長岡藩は強大な兵力を持った官軍と戦わなければならなくなったのです。

長岡藩と圧倒的兵力を誇る官軍との激闘が始まります。

官軍の圧倒的兵力に対し、河井継之助の率いる長岡藩は踏ん張ります。

しかし、しょせん長岡藩は小藩です。

どんなに優れた兵器があったとしても、天才・河井継之助がいたとしても、その兵力が少ないのではどうしようもなかったのです。

そして、長岡藩は官軍に城を落とされます。その後、河井継之助は機略で城を奪還しますが――

河井継之助はその戦闘で傷つき、死んでしまうのです。

精神的支柱ともいえる河井継之助を喪った長岡藩は、これ以上の戦いをあきらめ会津に撤退します。

官軍を最後まで恐れさせ、苦しめた男の物語は終わります。

司馬遼太郎が「峠」で描きたかった時代と人物

「峠」という物語は、滅んでいくサムライ、武士というもの生き様を、河井継之助という天才を通して描いたものです。

すでに、時代の流れは見えています。少なくとも河井継之助には見えていました。

河井継之助は「ガトリング砲」という世界でも本格的な実戦投入の例のない最新兵器まで導入します。

フランス製の最新式小銃も導入します。

これは、小銃と機関銃という近代軍隊の編成に近い物です。

司馬遼太郎は、太平洋戦争中は戦車将校として、従軍しています。

散々、旧陸軍に苦言を呈する言葉を残していますが、「軍」や「軍事」に関する知識が、そもそも素人ではないのです。

特に、司馬遼太郎は、旧軍の非合理性に対しては、徹底的に批判をしています。

そんな、司馬遼太郎に描写された河井継之助は「合理精神」をもった「軍略家」としても描かれます。

「ガトリング砲」とは複数の砲身束ねて、それを手動で回転させ、連続して弾丸を吐きだすという兵器です。

これは、その後、戦場の様相を一変してしまう「機関銃」の前身と言ってもいい兵器です。

しかし、河井継之助がいても、最新兵器があっても、長岡藩は苦戦し落城します。

そのとき、河井継之助は「渡河迂回」という戦術を採用し、城の奪還を果たすのです。

しかし、彼は銃弾に斃れ、その傷がもとで死に、長岡藩は結果として破れていくのです。

戊辰戦争はすでに、個人の知略や能力ではどうすることもできない「近代戦」の始まりだったのです。

それは戦いの専門家であるサムライという存在の意味を無くしていく戦いであったのではないでしょうか。

どのような最新兵器も、知略も、巨大な兵力、国力の前には抵抗できない。

太平洋戦争で徹底的な敗戦を経験している司馬遼太郎は、自分の体験を河井継之助に重ねていたのかもしれません。


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司馬遼太郎「峠」の主人公・河井継之介の生き様

長岡藩という小藩に生まれた天才である河井継之助。

彼は旧幕府勢力の中心である合津藩を中心とする勢力と、薩摩藩、長州藩を中心とする官軍との間で、戦争回避を目指します。

そのために長岡藩の「軍事国家化」を推し進めていきます。戦いを望まないがゆえに戦いに備える。

この生き様は、長岡出身のある軍人と重なってしょうがないです。

太平洋戦争時の連合艦隊司令長官であった山本五十六です。

彼も長岡出身です。これが偶然なのか、それともそういう人物を生み出す土壌があるのか、それは分かりません。

しかし、小さいが強力な軍事力を背景に長岡藩が生き延びる道を模索した河井継之助。

対米戦は必敗であると見通しながら、一撃によって講和を目指す真珠湾攻撃を策定し、実施させた山本五十六。

そして、戦争の途中で死んでいった二人は、時代を超えて何故かその生き様が重なって見えます。

陸軍出身の司馬遼太郎はそこまで計算していたのか、それ分かりません。

しかし小説は一度、作者の手を離れれば、読者が自由にイメージできるものだと思います。

河井継之助の師、山田方谷とは

司馬遼太郎の「峠」で描かれる河井継之助は徹底した合理主義者です。

幕末の天才のひとりと言われる佐久間象山も、河井継之助は師匠として選びませんでした。

まず、象山の自分を必要以上に尊大に見せる態度が気に入らんということと、大砲を撃つならそのうち方が分かればいいのであって、その背景にある蘭学や西洋科学とか、それを知るために外国語を覚えるなどを嫌います。

その道具は道具であって、その道具が使えればいいという合理性が河井継之助にありました。

文系出身で戦車兵となり、戦車のメカニズムの習得に苦労した司馬遼太郎の思いがそこにあるのかもしれません。

そんな河井継之助が選んだ師が備中松山藩(岡山県)の山田方谷(安五郎)です。

山田方谷は陽明学者で、松山藩の財政を立て直した、「経済学者」でもありました。

江戸で師を得ることができなかった河合継之助は、初めて師匠と呼べる存在にあったのです。

その名前は、現代では、おそらく無名に近いでしょう。

しかし「峠」の中では、主人公・河井継之助の師匠として物語の重要な位置を占めます。

河合継之助は雪国である長岡を「経済的に不利」であるとずっと思っていました。

そして、雪に悩まされるという感覚すらなく、自然に対しただ耐えている長岡の人たちを見ていたのです。

陽明学は、幕臣でありながら反乱を起こした大塩平八郎も学んだ学問です。

思ったことは行動すべきという、教えが根本にあります。

そして、財政立て直しとは、単に藩が潤うのではなく、そこに暮らす人たちの生活を潤わせることであると見抜きます。

今でも、それほど知名度の高いとえない山田方谷(安五郎)ですが、もし司馬遼太郎によって「峠」が書かれなかったら、もっと無名であったかもしれません。


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司馬遼太郎の「峠」のテーマと感想

司馬遼太郎の峠感想

司馬遼太郎の書いた「峠」という小説は、いったいどのようなテーマをもっていたのでしょうか。

時代の流れの中、時代を超えた合理主義的考えの持ち主である、河井継之助も、時代の波の中に飲まれていきます。

これは、幕末に活躍した人たちの多くがそうであったのではないかと思います。

無事天寿を全うした人など、ほとんどいません。勝利者となった薩摩藩の中心であった西郷隆盛は西南戦争で敗れて自刃しました。

明治政府の最高権力者となった大久保利通も不平士族の恨みにより暗殺されました。

近代という時代は、もはや個人の英雄を必要としない時代になっていくのです。

司馬遼太郎はそう言った時代の中で、抗う天才である河井継之助を使い、奔流のような時代の流れ、変革の中での人間の持つ力の凄さを描きつつも、その限界を示そうとしたのかもしれません。

幕末の小藩に生まれた河井継之助にスポットを当てることで、「峠」という物語で、時代の激しさを描写したかったのかもしれません。

司馬遼太郎は「峠」の主人公に河井継之助をなぜえらんだのか

そもそも、河井継之助が、この「峠」という小説が発表されるまでは、かなりマイナーな歴史上の人物でした。

師となる山田方谷(安五郎)はそれ以上に地味です。むしろ「峠」によって彼の存在は注目されるきっかけになったのかもしれないです。

司馬遼太郎はなぜ「峠」の主人公を小藩である長岡藩出身の河井継之助にしたのか?

例えば小説を書くとき、幕末をどんな形でとらえるかというのは色々あると思います。

薩摩、長州の討幕勢力の視点で描くこともできます。勝利者ですので爽快感があります。

滅んでいく幕府側の視点で描くことも悲壮感があり娯楽性が高くなりそうです。特に最大勢力である会津藩には語るべき多くの物語があります。

そして、司馬遼太郎は「“竜馬”がゆく」のような、坂本“龍馬”を自由な志士という人物として創作しています。あえて、漢字が違うのは「創作の人物」という意味を込めているのではないでしょうか。

幕末は激動の時代ゆえに、いろいろな形で小説が書けると思います。

しかし、「峠」では長岡藩、河井継之助は確かに滅びゆく幕府勢力に側となっていくのですが、会津藩のような大藩ではありません。

河合継之助は、小さな長岡藩の生き残りをかけ、改革を進め、そして戦い、死にます。

その生き様は、サムライの最後。時代の終わりを象徴しているのかもしれないです。

そして、司馬遼太郎の太平洋戦争体験も根本のところにあったのかもしれません。


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その後の司馬遼太郎の小説と「峠」の位置づけは

その後も司馬遼太郎は数々の歴史・時代小説作品を書き、後年は「歴史評価」をする作品が多くなってきます。

幕末という時代を司馬遼太郎はよく題材として書いていました。

「峠」という作品は、幕末を舞台とした他の司馬遼太郎の作品とは少し違う気がします。

司馬遼太郎は「峠」以前にも、以後にも幕末を舞台とした小説を数多く発表していきます。

しかし、あまりにも、巨人となりすぎたがゆえに司馬遼太郎の創作物は、読者に「司馬遼太郎の史実」を植え付けていきます。

娯楽小説としての「上手い嘘」が本当になってしまうのです。

この「峠」でも史実との違いはありますが、スポットライトの当っていなかった人物を取り上げた点で少し他の幕末の小説と違っていると思います。

司馬遼太郎の作品で作られた人物像は、大きく史実と異なる場合があります。

日露戦争の将軍・乃木希典は兵を多く死なせた無能な軍人。

坂本龍馬は浪人の身でありながら、天下国家に影響を与えた大人物。

そのような、イメージを創っていったことに関しては批判もあります。

しかし、「峠」は、その点で非常にリアリズムがあるのではないかと思います。

確かにエンタメとしての「上手い嘘」はあります。娯楽なのですから当たり前です。

ただ、幕末という歴史に興味を持ってもらう入り口として「峠」という作品はリアリズムもあり、本当に魅力的な小説なのです。

司馬遼太郎の幕末を舞台とした作品の中でも、特におすすめです。

司馬遼太郎の作品について

司馬遼太郎は、多くの作品が映画化、ドラマされるなど「歴史・時代小説」の巨人と言ってもいい存在です。

司馬遼太郎の小説が原作のNHK大河ドラマはいくつあるのでしょうか? それを数えてみましょう。

「坂の上の雲」、「功名が辻」、「花神」、「国取り物語」、「徳川慶喜」、「翔ぶが如く」、「竜馬がゆく」――

全部で7作品です。ひとつでも原作になれば、一流の小説家です。それが7作品です。

しかし「峠」はテレビドラマ化されていません。

そのせいか、司馬遼太郎の作品の中では少し地味な存在となっています。

司馬遼太郎が生み出した小説には、傑作が多すぎるということも有るでしょうが。

しかし「峠」は司馬遼太郎の他の作品に勝るとも劣らない傑作です。もしかしたら屈指の傑作かもしれません。

「峠」はとにかく読みごたえのある小説です。ハードカバーで700ページです。

しかし、その長さを感じさせません。

ダラダラと長い訳ではありません。「峠」は世界に惹きこまれるような魅力を持った小説です。

その影響力は、単なる小説の世界にとどまらず「司馬史観」という言葉すら生み出しています。

歴史学者並みの扱いですよね。それくらい、影響力のある数々の名作を残しています。

彼の残した作品の多くは小説ですが、そこには空虚な嘘はないです。

あるとすれば、創作における「上手い嘘」か、史料が見つかっていないだけで、可能性としては十分にあったと思われる「史実」です。

「峠」についていえば、河井継之助の「長岡藩を武力により中立国にするという構想」は、実際のところ、史料では明確に確認はされてはいません。

しかし、彼のとった行動を追いかければ「そのような解釈」は十分に可能です。そして可能であればいいのです。

まとめ

今回は司馬遼太郎の小説「峠」について、あらすじや感想、読みどころについて解説させていただきました。

もし、幕末という時代に興味があるのでしたら、司馬遼太郎の「峠」をぜひ手に取って欲しいです。

河井継之助の生き様を通し、司馬遼太郎が、幕末という時代、近代をどう考えていたのか。

それを、楽しみながら感じることのできる、凄いエンタメ小説です。


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